乳幼児に重い呼吸器症状を引き起こす「RSウイルス感染症」が、近年は季節を問わず流行し、子育て世帯に大きな影響を及ぼしている。例年、秋から冬にかけて報告数が増える傾向にあるが、8月から9月に感染症数が増加している。今後の更なる流行と、従来とは異なる流行パターンに、専門家は警戒を強めている。
特に重症化しやすい生後数ヶ月の乳児を守るため、新たな対策として妊娠中に母親が接種する「母子免疫ワクチン」が注目され、導入する医療機関や助成を行う自治体が増え始めている。

大人は軽症、乳児には脅威
RSウイルスは、咳やくしゃみに含まれるウイルスを吸い込む「飛沫感染」や、ウイルスが付着したおもちゃやドアノブなどを介した「接触感染」で広がる。感染力は非常に強く、保育施設などでの集団感染も起こりやすい。

大人が感染した場合、軽い鼻風邪程度の症状で済むことがほとんどだ。しかし、このウイルスが乳児、特に生後6ヶ月未満の赤ちゃんに感染すると、時に深刻な事態を招く。赤ちゃんの気道は非常に細く、免疫機能も未発達なため、ウイルスによる炎症が呼吸を著しく妨げるからだ。
主な症状は発熱や鼻水、咳などだが、重症化すると気管支の末端が炎症を起こす「細気管支炎」や「肺炎」に移行する。そうなると「ゼーゼー」「ヒューヒュー」といった喘鳴(ぜんめい)が聞かれ、呼吸が速く浅くなり、ミルクも飲めなくなるほど体力を消耗する。国内の報告では、RSウイルスは乳幼児の肺炎の約50%、細気管支炎の約50〜90%を引き起こすと推計されており、入院治療が必要となるケースも少なくない。実際にRSウイルスで入院した子どもの保護者からは、「息が苦しそうで、見ていて本当につらかった」といった声が聞かれる。
将来の健康リスクとの関連も
RSウイルス感染症の影響は、乳幼児期の一時的な症状にとどまらない可能性も指摘されている。1995年に発表された海外の研究報告では、乳児期にRSウイルスによる重症肺炎などを経験した子どもは、その後に喘息を発症するリスクが、感染しなかった子どもに比べて21.8倍に上るとされている。
この因果関係については現在も研究が続けられているが、乳幼児期の呼吸器への大きなダメージが、その後のアレルギー素因や気道の過敏性に影響を与える可能性は、多くの専門家が認めるところだ。子の長期的な健康という観点からも、乳児期の感染予防の重要性が浮き彫りになる。
「母子免疫」という新しい選択肢
こうした状況の中、乳児を守るための画期的なアプローチとして期待されているのが「母子免疫ワクチン」である。これは、予防医療における新しい考え方に基づくもので、妊娠24週から36週の妊婦を対象とする。
母親が接種すると、体内でRSウイルスと戦うための「中和抗体」が作られる。この抗体は、胎盤を通じてお腹の赤ちゃんへと移行し、いわば母親から赤ちゃんへの”免疫のプレゼント”となる。これにより、赤ちゃんは生まれてすぐの、最も無防備な時期に、RSウイルスに対する抵抗力を持った状態で人生をスタートできる。この先天的な免疫は、重症化のリスクが特に高い生後6ヶ月頃まで効果が持続すると期待されている。

接種は任意であり、費用は医療機関によって異なるが3〜4万円程度かかる。決して安価ではないが、子どもの入院に伴う保護者の心身の負担や、仕事を長期間休むことによる経済的影響を鑑み、接種費用の助成に踏み切る自治体も全国的に増えてきた。
厚生労働省は「RSウイルスは、インフルエンザなどと同様に注意すべき感染症。特に小さなお子さんがいる家庭では、感染対策を徹底するとともに、予防に関する新しい情報をかかりつけ医と相談してほしい」と呼びかけている。