新型コロナウイルスの感染拡大を契機として急速に浸透したテレワークは、現在、重要な転換期を迎えている。企業側における「出社回帰」への動きが加速する一方で、働き手、とりわけエンジニア層との間に、意識の乖離が生じている現状が明らかとなった。

インディバースが実施した調査によれば、現在エンジニアの約9割がハイブリッド型勤務(55.2%)またはフルリモート勤務(30.7%)で働いており、フル出社勤務は14.1%にとどまっている。もはやフル出社は一般的な働き方とは言い難い状況である。
特筆すべきは、フルリモート勤務者の満足度の高さである。9割以上が満足と回答し、半数以上が「とても満足」としている。一方、フル出社勤務者の3割以上が不満を抱えており、勤務形態による満足度の格差は歴然としている。

この結果は、単なる場所の自由を超えた、働き方に対する価値観の変化を示している。エンジニアにとってリモート勤務は、通勤時間の削減や集中できる環境の確保といった実利的なメリットに加え、自律的な働き方の象徴となっているのである。
調査では、フルリモート勤務から出社が義務付けられた経験を持つ者が約7割に達している。出社回帰の波が確実に押し寄せていることがうかがえる。
しかし、この変化に対する反応は複雑である。「出社したくはないが、仕方ないと思った」が42.7%で最多となり、消極的な受容の姿勢が見て取れる。注目すべきは、16.5%が「出社なら仕事を続けられないと思った」と回答している点である。約2割のエンジニアにとって、勤務形態の変更は離職を検討するほどの重大事なのである。
出社に対する抵抗の理由として、「通勤が負担」(46.7%)、「リモート勤務の方が生産性が高い」(45.0%)、「ワークライフバランスが悪化する」(35.2%)が上位を占めた。これらは単なる快適さの追求ではなく、業務効率性や生活の質に関わる切実な問題である。
企業と働き手の認識のズレ
最近の出社回帰傾向について、「職種や業務内容によっては仕方ない」とする理解も35.5%あるものの、「柔軟性がなく働きづらい」(32.6%)、「時代錯誤」(15.0%)といった否定的評価も約半数を占めている。
この背景には、企業側の一律的な方針転換に対する疑問がある。業務内容や個人の事情を考慮しない画一的な出社要請は、働き手の納得を得られていない。特に、リモートワークで十分に成果を上げていた者にとって、出社の必要性に合理的説明が不足していることへの不満は強い。
人材流出のリスク
フル出社勤務が一般化した場合の対応として、「雇用形態を見直す(フリーランス・副業化など)」(33.1%)、「海外企業などリモート勤務が基本の職場を探す」(25.6%)、「他の職種・業種への転職を検討する」(24.5%)が上位に並んだ。現在の職場を離れる選択肢が多数を占めている点は、企業にとって深刻な警鐘である。
これは単なる脅しではない。IT業界における人材不足が深刻化する中で、優秀なエンジニアの流出は企業の競争力に直結する問題である。特に、グローバル市場では柔軟な働き方を提供する企業が人材獲得で優位に立っている現実がある。
制度と運用のバランス
2025年4月から段階的に施行されている育児・介護休業法改正により、テレワーク導入が努力義務化・義務化されている。しかし、調査では約半数が職場の対応を「不十分」と感じており、制度と現場の実態に乖離がある。
法制度の整備は重要だが、それだけでは不十分である。企業には、職種や業務内容、個人の事情を総合的に考慮した柔軟な働き方の設計が求められる。画一的な方針ではなく、多様な選択肢を提供することが、人材の定着と生産性向上の鍵となる。
出社回帰の動きは、必ずしも時代の逆行ではない。対面でのコミュニケーションや協働の価値、企業文化の醸成といった側面では、出社にも意義がある。問題は、その実施方法である。
調査で「出社を受け入れられる条件」として最も多く挙げられたのは「出社日が柔軟に選べる」(49.3%)ことであった。つまり、出社そのものを拒否しているわけではなく、選択の自由を求めているのである。
テレワークから出社回帰への揺り戻しは、働き方の多様化という大きな潮流の中での一つの動きに過ぎない。重要なのは、企業と働き手が建設的な対話を通じて、双方にとって最適解を見つけることである。そのためには、固定観念にとらわれない柔軟な発想と、データに基づいた合理的な判断が不可欠である。
※詳しい調査結果はこちら https://freelance.indieverse.co.jp/media/reports/engineer-workstyle-2025
文・野島カズヒコ